2008年03月18日

アルバニア事情

やっぱり語学は継続が命だよね。
今日もアルバニア事情から見てみよう。

長期にわたるオスマン帝国の支配の影響から「アルバニア人」意識の形成が遅れたが、19世紀末には民族意識が高揚し、1878年のプリズレン連盟(アルバニア国民連盟、プリズレンは現在のコソボにある都市の名)結成以降は民族運動が相次いだ。第1次バルカン戦争の後、1912年に、イスマイル・ケマルらがオスマン帝国からの独立を宣言する。しかし、列強に独立は認められたものの、国境画定の際にコソボなど独立勢力が「国土」としていた地の半分以上が削られた。1914年にドイツ貴族のヴィート公子ヴィルヘルム・ツー・ヴィートを国王に迎えアルバニア王国となったものの、第一次世界大戦で国王が国外に逃亡したまま帰国しなかったため、無政府状態に陥った。1920年には国王不在のまま摂政を置く形で政府は再建されたがその後も政情は不安定で、1925年には共和国宣言を行いアフメド・ゾグーが大統領に就任した。その後ゾグーは1928年に王位についてゾグー1世を名乗り、再びアルバニアは王政となった。

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ニックネーム koguma028 at 17:05| 日記